レコジンの卵

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歴史


  

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1: ばーど ★ 2019/12/09(月) 13:09:51.46 ID:LmBHjKug9
■東京展に続き、九州展でも三国志は大人気

 東京国立博物館で大盛況のうちに終了した、「日中文化交流協定締結40周年記念 特別展『三国志』」が現在、九州国立博物館で開催中だ(2020年1月5日まで)。

 東京展に続き、この九州展も大盛況だという。九州国立博物館広報課の佐原史哉さんはこう語る。

「現在の来場者数は8万人を突破、おそらく会期終了までに10万人を超える見込みです。これは当館でも1年に1度出るかないかの来場者数です。SNS上にあげられているのを見ると、3回、4回と来てくださっているリピーターの方々も多いようです」

 その関心の高さや知識量には、中国人も驚くほど。なぜ日本人は、これほど三国志が好きなのだろうか? その魅力を、九州展に先がけて行われた東京展での取材から紹介したい。
 
.「中国の歴史に興味を持ってくれて嬉しい」と中国人来場者

 東京国立博物館で開催されていた特別展「三国志」には、多くの熱狂的な三国志ファンが詰め掛けていた。図録セットの前売券が発売当日に完売したほどの人気だったという。これを中国の人々はどう感じているのか? 東京展の中国人来場者に聞いてみた。

「中国では、春秋戦国時代のように群雄割拠の時代はほかにもあります。物語としても、水滸伝などたくさん有名な作品があります。特に三国志が人気というわけではないんです。でも、日本では三国志は特別な人気があるようで、びっくりします」(王麗さん)

「日本の三国志好きの人たちが、マイナーな武将やたくさんのエピソードまで知っているのに驚きます。中国人よりも知識が豊富。でも、中国の歴史にこれだけ興味を持ってくれるというのは嬉しい」(蔡文雄さん)

 当の中国人でも驚くほどの、日本人の三国志愛。これについて、「横山三国志、吉川三国志、光栄(現・コーエーテクモゲームス)のゲーム、NHKの人形劇。この4つが、日本人の三国志好きに大きな貢献をしたことは間違いないでしょう」と、三国志展を企画した東京国立博物館の市元塁・主任研究員(好きな武将:司馬懿)は解説する。

「三国志の物語は、中国では陳寿(ちんじゅ)が著した正史の『三国志』、そして小説の『三国志演義』、さらには関羽が神様として崇められるなど、独自の発展を遂げました。その発展線上として、日本では若年層向けの作品が各分野で発表されてきました。今回の展示ではそれらの作品ともコラボしています」

 市元さんは「三国志の魅力というのは、何といっても『人』です」と語る。

「誰もが魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)のどの国が好きか、どの武将が好きかといったこだわりを持っている。青少年期、他者への興味が高まるときに三国志と出合う。若いときに触れたものは一生モノになりますから。大人になっても楽しめるし、また新たな発見もある。日本人の三国志好きは、これからもずっと続いていくのでしょうね」

■曹操の墓発掘での新発見、歴史がまた変わっていく!?

 今回の三国志展の目玉は、魏王・曹操(そうそう)が埋葬されていた「曹操高陵」(そうそうこうりょう)の出土品だ。2008~2009年に発掘されたもので、中国でもまだ一般公開されていないものも多く、非常に貴重なものだという。

 曹操は『三国志演義』などでは後漢最後の皇帝・献帝(けんてい)を利用して権勢をふるった悪人のイメージだが、その出土品からはまた違った人物像が見えてくる。

「今回明らかになったのは『曹操の墓はやはり非常に質素だった』ということ。曹操は『遺体を飾ってはならぬ。金玉珍宝のごとき宝飾品も墓に入れてはならぬ』との遺言を残していたんです」(市元さん)

 その遺言が本当に実行されたのかを確かめるため、研究者たちは出土品に注目していた。

「王であれば着せられるであろう玉衣や、金細工などの副葬品も出てきませんでした。遺言は守られていたのです。出土した鼎(てい)なども、素材は土で高級なものではありませんが、厚さが均質でひずみもなく丁寧に作られていました。

以下ソース先で

12/8(日) 15:32 HARBOR BUSINESS Online
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191208-00208250-hbolz-soci&p=1
no title


★1が立った時間 2019/12/08(日) 20:55:37.69
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https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1575842979/

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1: WATeR ★ 2019/11/24(日) 09:51:20.33 ID:22NFokx69
 【サッカラ共同】エジプト考古省は23日、首都カイロ近郊のサッカラで、ライオンの可能性がある古代エジプトの動物ミイラを発見したと発表し公開した。AP通信によると、エジプトではネコのミイラは多数見つかっているが、ライオンだとすれば異例という。

 ライオンの可能性がある動物のミイラは二つで、うち一つは生後6~8カ月の幼体と推定。70個以上のネコの像や多数のネコのミイラも見つかった。いずれも紀元前7~6世紀ごろの古代エジプト第26王朝時代のものとみられている。

 古代エジプトでネコは神々の象徴としての地位を占めていた
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191124-00000004-kyodonews-int
no title

【【考古学】古代ライオンのミイラか エジプトで発見 紀元前7~6世紀ごろ 】の続きを読む


  

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1: しじみ ★ 2019/11/22(金) 08:45:05.48 ID:P1XTawsa9
古代エジプト人は、およそ紀元前650年〜前250年の間、驚異的な数のトキのミイラをトト神に供えた。トト神は魔法と知恵の神で、体は人間、頭は長いくちばしを持つ鳥の姿で描かれる。

 古代エジプトのネクロポリス(ギリシャ語で「死者の町」。大規模な墓地を指す)では、文字通り何百万体ものトキのミイラが見つかっている。それらは、病の治療や長寿、さらには恋の悩みの解決を願ってトト神に捧げられ、埋葬された。

「私はよく、キリスト教の教会で灯されるろうそくになぞらえます」と英オックスフォード大学の考古学者フランシスコ・ボッシュ=プーチェ氏は話す。同氏は、ドラ・アブ・エル=ナガのネクロポリスから数千体のトキのミイラを発掘してきた研究チームの一員だ。「(トキの)ミイラを捧げると、神は願い事をするあなたの存在に気付くのです」

あまりにも数多くのトキのミイラが作られたため、古代エジプト人たちはトキ、具体的にはアフリカクロトキ(T. aethiopicus)を、大規模飼育場で意図的に繁殖させていたのだろう、と多くのエジプト学者は考えてきた。この従来の説は、大規模な鳥の飼育活動があったことを示す考古学的な証拠や文書により裏付けられてきた。

 しかし、11月13日付けで学術誌「PLOS ONE」に発表された論文は異なる説を提唱している。ミイラにされたトキは、実際には野生のトキを捕獲したものが大半で、飼育されていたのは、供物にする前の短期間だけだった可能性があるという。

 今回の論文は、古代エジプト人がどのようにしてこれほど大規模にトキを調達したのかについて、新たな洞察を与えるものだ。古代の動物ミイラ産業に対する研究者の考え方に影響を与え、アフリカクロトキが最終的にエジプトで絶滅した経緯と原因の解明に役立つ可能性がある。

■遺伝的に多様だった

 今回の研究では、豪グリフィス大学オーストラリア人類進化研究センターの古遺伝学者サリー・ワセフ氏の主導で、紀元前481年頃のトキのミイラ14体のDNAが調べられた。14体は、サッカラ(150万体を超えるトキのミイラが出土)やトゥナ・エル=ゲベル(約400万体が出土)を含むエジプトの6カ所の地下墓地から発掘されたもの。ミイラのDNAは、エジプト国外に生息する現代のアフリカクロトキの遺伝子サンプル26個と比較された。

 DNA分析の結果、古代エジプトのトキのミイラは、現代のアフリカに生息する野生のトキと同じくらい遺伝的に多様だったことが明らかになった。もしトキを大規模に飼育・繁殖させていたのなら、現代の養鶏産業に見られるように、世代を経るにつれ遺伝的多様性が失われ、ありふれた病気にもっと感染しやすくなっていただろう、と論文は主張する。

「遺伝的に多様なことから、今日の養鶏場のような施設で長期的に飼育されていたとは考えられません」とワセフ氏は言う。実際にトキが飼われていたとしても、供物にされる前の短期間だけだったはずだ、と同氏は付け加える。

 だがボッシュ=プーチェ氏は、トキを実際に飼育下で繁殖させていたはずだと確信している。トキのミイラには、現代の飼育下で遺伝的多様性を失った動物と同じように、骨折や感染症が治った跡が見られるからだ。このように負傷したり病気になったりした鳥は、野生の環境で生き抜けなかっただろうと、同氏は言う。なお氏は今回の研究には関わっていない。

 紀元前650年〜前250年のエジプト全体が、言わばミイラ「工場」のようなものだった、とボッシュ=プーチェ氏は言う。「成体になる前の動物の赤ちゃんですら、ミイラにしていました。膨大な量のミイラを必要としていたのです」

今回の新たな知見を踏まえた氏の見解はこうだ。つまり、トキ飼育場はやはり存在しており、そこで与えられていた餌に野生のトキが引き寄せられた。そのため古代エジプト人は、トキを簡単に大量捕獲でき、飼育・繁殖では足りない分を補っていたのだろう。

「エジプト中の異なる遺跡から何百万体も見つかっているのです。野生のトキを狩ることだけに頼っていたとは、私には思えません」と同氏は話す。

続きはソースで

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ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/111500663/

【【考古学】古代エジプトに数百万羽のトキのミイラの謎、異説が浮上 絶滅の原因か? 】の続きを読む

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