歴史

    元スレ:「http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1558304550/
    1: 樽悶 ★ 2019/05/20(月) 07:22:30.41 ID:5ca2RlrH9
    藤田三郎さんが執筆した「ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡」
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     弥生時代の大規模環濠(かんごう)集落、唐古・鍵遺跡(田原本町)について、調査・研究に長年携わっている田原本町埋蔵文化財センター長の藤田三郎さん(62)が、「ヤマト王権誕生の礎となったムラ 唐古・鍵遺跡」(新泉社刊)を執筆し、出版された。遺跡と、邪馬台国の最有力候補地とされる纒向(まきむく)遺跡(桜井市)との関係などを考察している。【藤原弘】

     新泉社のシリーズ「遺跡を学ぶ」の中の1冊。遺跡で見つかった大型建物跡などの遺構のほか、楼閣などが描かれた絵画土器や銅鐸の鋳型外枠などについて説明。弥生時代前期から古墳時代前期までの4時期に分け、発掘成果を図示した。

     弥生時代終末期から古墳時代前期の集落の姿にも言及。廃村になったかどうか分からないが、纒向遺跡ができてからも唐古・鍵遺跡は存続したとし、「唐古・鍵の人たちが営々と築き上げてきた高度な文化が、次の時代へと継承されていったからこそ、この地域(奈良盆地東南部)に王権が誕生することになった」と論じる。

     唐古・鍵遺跡は動物の骨や植物の種子などが状態良く残っているのも特徴。日本最古とされる紀元前4世紀後半のニワトリの骨が確認されたことなども紹介し、藤田さんは「情報量の多い遺跡だと知ってほしい」と期待する。

     藤田さんは同志社大2年生だった1977年、県立橿原考古学研究所による唐古・鍵遺跡での第3次調査に参加したのが同遺跡での調査の最初。82年からは町職員として発掘調査に関わり、定年退職後も町に再任用されている。

     発掘調査は今では第126次に及んでおり、藤田さんは「自分が一生かかってもまとめきれない刺激を受ける遺跡。ポイントを絞って皆さんが知りたいと思われることを書いた」と話す。定価1600円(税別)。

    毎日新聞 2019年5月15日
    https://mainichi.jp/articles/20190515/ddl/k29/040/507000c?inb=ra

    ★1:2019/05/18(土) 18:22:33.43
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1558263888/

    3: 名無しさん@1周年 2019/05/20(月) 07:27:31.33 ID:9aISZXRi0
    琉球王朝=邪馬台国説が個人的に好きだが

    4: 名無しさん@1周年 2019/05/20(月) 07:28:27.89 ID:NYpzkbvb0
    ヤマトの諸君

    元スレ:「http://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1557531683/
    1: しじみ ★ 2019/05/11(土) 08:41:23.31 ID:CAP_USER
    【5月10日 AFP】
    英イングランド南東部エセックス(Essex)州の道路脇の茂みにあったわずかな隆起の下から古代の墓室が見つかったと、調査に当たっていた考古学者チームが9日、明らかにした。英国としては、エジプトのツタンカーメン王(King Tutankhamun)の墓に匹敵するくらいの発見だという。

    【編集部おすすめ】色鮮やか、2300年前のミイラ8体を発見 エジプト・ダハシュール

     墓室は、ロンドン北東に位置するエセックス州サウスエンド(Southend)近郊プリトルウェル(Prittlewell)のパブと安売りスーパーの近くを走る道路脇で見つかった。英国の研究チームは2003年、この場所を発見していたが、当初はさほど重要なものには見えなかったという。

    「非常に不思議だったのは、何かが出てきそうには見えなかったことだ」。ロンドン考古学博物館(MOLA)のソフィー・ジャクソン(Sophie Jackson)主任研究員は、当時をそう振り返る。

     それでもMOLAの考古学者40人で構成されるチームは、調査を進めることを決断。長年かけて注意深く掘り進め、放射性炭素年代測定を行い、アングロサクソン人の王子の墓室だと結論付けるに至った。このような墓室が英国で見つかったのは初めてだという。

     この墓室は1400年前のものとみられ、キリスト教徒のアングロサクソン人の王族の埋葬地としては最古と考えられるという。

     墓室全体の広さは約4メートル四方で、深さは約1.5メートル。墓室には、複数の金貨や、現在のシリアからもたらされたとみられるガラスと木で作られた色鮮やかな杯などが丁寧に配置されている。装飾品の一部は、今も墓室の壁に掛けられている。

     発見されたものの中には、欧州民族の間で人気を集めたハープに似た楽器リラの一部もあり、これはアングロサクソンの彩色された木工作品としては英国最古の可能性もあるという。

    ■誰の墓か──戦士? 王の兄弟?

     ジャクソン氏は、「これは、ツタンカーメンの墓に匹敵すると思います」「キリスト教は(英国に)少しずつ浸透していきました。墓室に納められた品々を見ると異教徒の埋葬方法に見えますが、十字架も一緒に納められているため、この時代はその過渡期であった可能性があります」と語った。

     今回発見された墓室は、ツタンカーメンの墓に比べて経年数ではその半分にも満たない。また副葬品や遺物を見ると、埋葬されていた人物は、ツタンカーメン王よりもはるかに地位が低かったと考えられるが、それが誰なのかについては今のところ謎に包まれている。

     だが遺体が置かれていた枠の長さは1.72メートルもあり、当時としては並外れて高身長だったとみられる。

     ジャクソン氏によると、この人物は王子であり戦士でもあったと考える専門家もおり、同氏自身は、サベルト王(King Saebert)の兄弟であるサークサ(Seaxa)の可能性が最も高いと考えているという。

     サベルト王は、エセックスを12年間統治した後、616年に死去した。この地域で初めてのキリスト教徒の国王だったと歴史家らは考えている。

     調査および科学的な年代測定によると、墓室の男性は575~605年の間に死亡したと考えられるという。(c)AFP/

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    https://www.afpbb.com/articles/-/3224351

    【【考古学】英古代王子の墓室、道路脇で発見 「ツタンカーメン王の墓」になぞらえる専門家も[05/10] 】の続きを読む

    元スレ:「http://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1556533604/
    1: しじみ ★ 2019/04/29(月) 19:26:44.93 ID:CAP_USER
    日本では4月30日、天皇が退位され、5月1日に皇太子徳仁親王が新たな天皇に即位される。

    天皇の退位と即位は、どちらも神道の象徴的な儀式に彩られる。その中心となるのが「三種の神器」と呼ばれる、皇位を象徴する宝物だ。
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    三種の神器の起源や所在は謎に包まれているが、それらにまつわる神話は日本の歴史から現代のポップカルチャーまで広く浸透している。

    ■なぜ三種の神器は重要なのか

    日本の宗教のひとつ、神道は、儀式を非常に重視している。過去や、人間の命に関わる魂とつながるための儀式だ。
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    三種の神器も、こうした神道の一部だ。神々から、直系の子孫とされる皇室に代々伝えられていると言われている。日本の天皇は王冠を被らない代わりに、三種の神器が皇位を表す。

    しかし、神聖なこれらの宝物は、人々の目から隠されている。

    名古屋大学の河西秀哉教授はBBCの取材に対し、「いつ作られたのか分からないし、見たことがありません」と説明した。

    「天皇ですら見たことがないのです」

    皇室の即位式である「即位の礼」においてさえ、形代(かたしろ、レプリカ)を使う。なお、このレプリカもまだ披露されていない。

    オリジナルは、もし本当にそこにあるとすれば、日本各地の神社にとどまることになる。

    ■八咫鏡(やたのかがみ)

    1000年以上も前に造られたとされる八咫鏡は、三重県の伊勢神宮に納められていると信じられている。

    倫理学の研究機関「モラロジー研究所」の竹中信介博士によると、三種の神器の中でも八咫鏡が最も神聖とされている。

    1989年に天皇が即位された際、八咫鏡だけは「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」で継承されず、皇居の賢所(かしこどころ)で個別に祭儀が行われた。

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    日本の民話では、鏡は神の力を持ち、真実を映すとされる。皇室の儀式では、八咫鏡は天皇の知恵を象徴する。

    日本の古代神話を記した古事記によると、八咫鏡は伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)という神によって造られた。

    太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)が、きょうだいの建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)との不和を理由に天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまい、世界は闇に包まれた。

    困った神々は宴を開いて天照大神を誘い出そうとした。天照大神は、八咫鏡に映った自分の写し身に誘われて外に出て、世界に光が戻ったとされる。

    八咫鏡を含む三種の神器はその後、天照大神の孫に当たる邇邇芸命(ににぎのみこと)に受け継がれた。

    竹中博士によると、天照大神は邇邇芸命に「この鏡こそは、ひたすら私の魂として、私自身を祭るように心身を清浄にしてお仕えせよ」と命じたという。

    邇邇芸命は、紀元前660年に日本で最初の天皇となった神武天皇の曽祖父とされている。


    ■草薙剣(くさなぎのつるぎ)

    草薙剣は、愛知県の熱田神宮に祭られているといわれている。

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    伝説によると、草薙剣は8つの頭を持つヘビ「八岐大蛇(やまたのおろち)」の尾から生まれた。

    八岐大蛇に娘を食べられてしまった老夫婦が、最後に残った娘との結婚を条件に須佐之男命に助けを求めた。

    須佐之男命は八岐大蛇に酒を飲ませて退治し、その尾から草薙剣を見つけた。

    草薙剣はその後、天照大神に捧げられた。

    剣は天皇の勇敢さを示している。しかし、その由来や所在はほとんど分かっておらず、実在を疑問視する声もある。

    ただ、その存在が秘匿されているのは事実だ。江戸時代、1人の神主がこの剣を見たと触れ回ったが、その後、神主は流刑にされたという。

    一方、12世紀の壇ノ浦の戦いで失われたという説もある。しかし竹中博士は、この失われた草薙剣もレプリカだった可能性があり、現在は別のレプリカが皇居に安置され、即位の礼に使われると説明する。

    1989年の平成の即位の礼では、天皇は草薙剣を継承したとされているが、剣を納めた箱が開けられることはなかった。

    BBCニュース
    https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-48089944
    続く)

    【【解説】 「三種の神器」、皇室が持つ謎の宝物[04/29] 】の続きを読む

    元スレ:「http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1553676955/
    1: プラチナカムイ ★ 2019/03/27(水) 17:55:55.52 ID:Zs5IkyqR9
    むかわ町穂別博物館は26日、日高町と新冠町の境にある里平(りびら)地域で、白亜紀後期のカンパニアン期中後期(7千万~8千万年前)の地層から、3種の新種を含むアンモナイトの化石37種を発見したと発表した。同博物館や国立科学博物館(東京)などの調査チームによると、この時代のアンモナイト化石は極めて珍しく、進化を探る上で貴重な資料という。

     調査チームによると、札幌市に住むアマチュアのアンモナイト研究家伊豆倉正隆さん(64)が2009年、日高、新冠両町の境界に流れる里平川周辺で化石を発見。国立科学博物館の重田康成博士(55)と穂別博物館の西村智弘学芸員(40)が調査に加わり、約10年間かけて化石の種類などを調べてきた。

     その結果、直径1~40センチの大小さまざまな化石は37種と分かり、その中にこれまで確認されていない3新種が含まれていたことが判明。筒状や巻き貝のような新種の化石は、とげ、いぼの形状を語源とした「メヌイテス・アーマータス」と「ネオフィロセラス・ノドサム」、産地名の「里平」にちなんだ「パラゾレノセラス・リビラエンゼ」と名付けた。

     調査チームは種類の多さだけでなく、化石が見つかった地層も注目している。白亜紀のカンパニアン期中後期のアンモナイトの発見例は少なく、学術的にもほぼ空白期とされていたからだ。

     記者会見で重田博士は「非常に意義のある発見となった。アンモナイトがどのように進化したのかが分かってくるだろう」と語った。国外のアンモナイトと比較し、進化過程の共通性解明などにつながるものとして期待を寄せた。

     発見者の伊豆倉さんは「1人では調査できなかった。多くのアンモナイト化石を収蔵している穂別博物館に寄贈ができてうれしい」と話し、西村学芸員は「とても貴重な資料を多くの人に見てほしい」と述べた。

     穂別博物館は、寄贈された3新種を含む34種141点を「北海道のアンモナイト新研究2019 里平産アンモナイト」と題して27日から公開。6月2日まで続ける。

    苫小牧民報 3/27(水) 17:46
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190327-01015957-tomamin-hok

    元スレ:「http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1553676306/
    1: 樽悶 ★ 2019/03/27(水) 17:45:06.24 ID:1QYGaKcb9
    福島県川俣町の前田遺跡から出土した、漆で精細な装飾を施した土器=福島市山下町の県文化振興財団遺跡調査部で2019年3月26日午後2時23分、高橋隆輔撮影
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     縄文人はやっぱりおしゃれだった――。県教委が今年度調査した福島県川俣町小綱木の前田遺跡から、最も古いもので縄文時代中期後半ごろに作られたとみられる多量の漆塗り製品などが出土した。通常出土しにくい木製品や漆塗り土器がきわめて良好な状態で見つかった。デザインへの意識の高さや、木の道具を使った火おこしなど、縄文人の生活に関するさまざまな定説を裏付ける、有効な資料となりそうだ。

     調査は国道114号改良工事に伴い、県教委から委託を受けた県文化振興財団が実施。昨年7~12月に約2800平方メートルを調べた。

     3層の土層から生活の跡が確認できた。上層は平安時代、中層は縄文時代晩期(約3000年前)、下層が同時代中期後半ごろ(約4500年前)と推定。うち、下層からは、黒と赤で漆を二重に塗った土器や、火をおこす際に使う木製の「火切り臼」などが出土した。遺跡はわき水や洪水で運ばれた土砂などに覆われていることで酸素と遮断され、長期間残りにくい木製品や漆も良好な状態で保存されたとみられる。

     漆塗り土器は、内側まで水玉や縦じまの模様をつけられるなど、デザイン性の高いものが多かった。出土数が多いことから、日常的に使う食器などにも漆塗りをしていた可能性があるという。祝い事などに使う漆塗りの土器は全国に出土例があるが、精細な装飾がこれほど良好に保存された例は珍しい。縄文人の美意識の高さが再確認された格好で、財団の担当者は「これほどのセンスをもっていたとは」と説明した。

     また、縄文時代の火切り臼は全国で数例しか出土しておらず、その中で今回の物は最古級とみられる。国内では旧石器時代から人類は火を使用していたと考えられており、縄文人が早くから道具を使って火をおこしていたとの見方を補強する資料となりそうだ。

    3/27(水) 8:57配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190327-00000008-mai-cul

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